Column

アルバム「blue's」 /「ランナー」

2017.01.27 UP

アルバム「blue's」2曲目の「ランナー」。
このランナーの歌詞は私が20代後半に書いた詩で、30代を目前とした時ふと歩む足が止まりそうになり、自分を勇気づけるために書いたものです。

私は18歳の時一人暮らしを始めました。18歳迄、父親に逆らう事なく、親の願ういい子でありたいと純粋に思っていた私は、唯一自分で見つけた芸能界の道を断固として反対され、家族の中で絶対的な存在である父親に初めて逆らいました。今迄 我慢していた感情が一気に吹き出したのか、荒れ狂うように父に歯向かい啖呵を切って家を出ていました。
家父長制の家族だった父親に逆らうなんてもってのほか。もう家には戻れない。いや戻りたくない。社会にほぼ触れたことのない世間知らずの私は父に対しての反発と意地だけで行動していました。

自らの力で住む部屋(コーポという名のつくアパート)を決め、家賃(53,000円)と生活費を稼ぐため、フロムエーで六本木のイタリアンレストランのバイト先を見つけ働きました。このイタリアンレストラン、当時流行った空間デザイナーの方が手がけるレストランで四方にカウンターが設置されている洒落たお店でした。バイトの女の子が料理の注文をきいたり料理を運んだりする以外に、カウンターに入ってカクテルを作る仕事も担当しました。そのせいか時給が若干高かった(時給800円)。カクテルのシェーカーを振る教育は受けたもの、ほぼ見よう見まね。2色の色に分かれた美しいカクテルを作らなければいけないのに、一番見せ所であるはずの最後の液体をグラスに注いだ瞬間、カーキー色の濁った汚らしいカクテルになってしまったこともありました。私が店長に叱られると察知したお客様は笑って「ご愛嬌をいただきます」と飲んでくれたことを思い出します。当時 はとにかく働きました。生活をするために働き捲りました。
そんな一人暮らしから、やっと掴んだ芸能界でのデビュー。そして煌めくアイドル時代を駆け巡り、挙げ句の果てはC.C.ガールズメンバーとの別れ。
がむしゃらに走ってきたけれども、何にも掴めていない喪失感に苛まれた自分がそこにいました。

そんな「ランナー」の詞に、玉置浩二がメロディをのせてくれました。そして当時は書いていなかった「〜ひとりじゃない〜」という言葉を、最後に綴りました。